菌の物語

第7巻
第5話ペスト菌 -先人たちの闘い-

14世紀にヨーロッパの全土に広がり、一夜にして町が一つ滅んだという記録もあるほどの猛威を振るった感染症ペスト。ペストは主にペスト菌に感染したネズミなどの齧歯類の動物と、媒介するノミが原因となって引き起こされる感染症です。その死者数はヨーロッパ全土で2000万~3000万人とも言われ、これは当時のヨーロッパ人口の3分の1から3分の2に匹敵します。その後、世界規模のパンデミックとなり、その死者数は、1億とも2億とも言われています。ペストの猛威は、労働力不足などヨーロッパの社会構造そのものを一変させました。しかし、そのような中で、文学上の名作の誕生や、科学的な発明に繋がった背景もあります。

アルベール・カミュの代表作「ペスト」は、疫病と闘う不条理を描いた文学として世界中でベストセラーとなったことで有名です。

また、アイザック・ニュートンは学生の時、ペストの影響でケンブリッジ大学が閉鎖された際に、故郷で落ち着いて思索したことがきっかけとなり、「微分積分」「光学のプリズム」「万有引力」の発想が生まれました。この「ニュートンの三大業績」とされるものは、いずれもこのペストによる休暇中に得たものだったのです。

また、かの有名な預言者であるノストラダムスは、16世紀のペスト禍に医師として尽力したことでも有名です。ノストラダムスがモンペリエ大学を卒業して医師の資格を取った年、南仏をペストが襲います。彼はいち早くペストを媒介しているのがネズミであることを看破し、当時の伝統療法の常識を逸脱する、アルコール消毒や熱湯消毒を試みたと言われています。更にはキリスト教では忌避されていた火葬すらも指示したとされています。その後、結婚して2人の子供を持ちますが、再びペストが流行して、妻と2人の子が感染して亡くなってしまいます。悲しみに暮れるノストラダムスですが、“奇跡の医師”としての名声が高まった背景にもまた、私たちの想像をはるかに越える感染症との闘いがあったのです。

誰もが罹る可能性のある感染症。執行草舟は、10MTVの「伝染病と死生観」シリーズの中で、「もう罹ったら必ず死ぬというペストですら、人類は立ち向かってきた。ヨーロッパは当時、キリスト教信仰が根強く残っていたため、ペストを乗り越えることが出来た」と語っています。