菌の物語

第8巻
第3話ヒポクラテス -ワインの効用-

古代ギリシアを代表する医学者であるヒポクラテス(前5~4世紀)は、エーゲ海に面したイオニア地方南端・コス島の医者の家に生まれました。伝説上の先祖は医学の神、「アスクレピオス」とされています。ヒポクラテスは父と祖父から医術を学び、病気の治療法は聖職者や魔術師による祈祷や呪術などがほとんどであった古代ギリシアの医術から、呪術や迷信を切り離しました。そして、病気を超自然現象としてではなく生理学的に捉え、科学的な医学を確立したのです。その医説はのちに『ヒポクラテス全集』として集大成されます。

肉体の自然治癒力を基にした治療法を提唱したヒポクラテスは、まだ薬や医療機器などもそろっていなかった時代に、生活に密着していたワインを薬として用い、その薬効を初めて示した人物でもあります。ワインを含めた食事療法を実践していた彼は、「薬の中でワインは最も有益である」という言葉を遺しています。

現代でも、白ワインは利尿作用、ブルゴーニュの赤ワインは消化不良、ボルドーの赤ワインは下痢止め、ドイツワインは神経系統の疾患などに良いとされ、その他にも解熱作用、抗酸化作用、疲労回復など、適量で質の良いワインは健康に良いだけでなく、病気の回復にも効果的とされています。

まだ科学的な根拠がわからなかった時代に、ヒポクラテスは、創傷の治療にきれいな水とワインを用い、痰の治療は甘口ワインを飲ませ、婦人病の治療にはシャクヤクの根をワインに入れて叩き潰したものや、シクラメンの根をワインに入れて空腹時に飲ませる等、その症状に応じてハーブなどをブレンドして患者に与えていました。ヒポクラテスは、発酵飲料であるワインの効用を2500年も前に見抜いていたのです。

  

そして、「ヒポクラテスの誓い」とともに、その遺志は医学を志す人々に伝承され、現在では「西洋医学の父」「医聖」と称えられています。

All the diseases come from the intestine. すべての病気は腸から始まる ――ヒポクラテス