菌の物語
戦国時代と呼ばれる乱世をまとめ、300年近く続く太平の世を築いた徳川家康(1543-1616)は「長命こそ勝ち残りの源である」と語り、その食生活は、生薬に通じ、過食を避け、非常に質素だったといいます。
その家康の健康を支えたことで有名なのが、麦飯と八丁味噌。食物繊維豊富な麦飯と、岡崎名物の八丁味噌は、家康が生涯をかけて愛した食事でした。のちに江戸に本拠を構えてからも、家康は出生地である岡崎で作られた八丁味噌をわざわざ取り寄せ食していたほど。
普通の味噌が、蒸した大豆に米麹や麦麹を入れて作るのに対し、八丁味噌は、米麹や麦麹を用いずに、大豆に麹をつけた「豆麹」を、樽の中で熟成させて作ります。一般的な味噌の熟成期間が3ヶ月から半年なのに対し、八丁味噌は2年以上熟成させて作ります。現在でも、木桶に石積みをして仕込む製法が受け継がれているため、八丁味噌はコクが深く、粘土のような固い仕上がりになるのが特徴です。
最新の研究では長年熟成された味噌から、血圧や血糖値を下げる、腎臓病を抑制する、などの医薬品と同じ25種類の有効成分が見つかっています。さらに、八丁味噌特有の長期熟成から生まれる色の濃さは、褐色色素「メラノイジン」によるものですが、この強力な抗酸化作用を持つメラノイジンには、コレステロール値を下げるだけでなく糖尿病やがんの予防効果、腸内の善玉菌を増やす力もあるのです。八丁味噌には、普通の味噌に比べて約5倍のメラノイジンが含まれています。
この慣れ親しんだ八丁味噌を習慣的に食べることによって、「人間50年」という時代に、異例の75歳という寿命を全うした家康。「人の一生は重荷を負うて遠き路をゆくが如し、急ぐべからず」の言葉の通り、その忍耐強さや、稀代の人格を創り上げた根本にも、この八丁味噌が大きく影響していたのかもしれません。