菌の物語
毒のある生物は数多くいます。キノコも大半は有毒で、食用になるものは僅か3%に満たないとも言われています。地球上には150万種ものキノコが存在し、その中の6000種が日本に生育しています。6000種のうち、名前がついているものは約2000種。食用になるものは10%あるといわれています。
多くの有毒生物、特に植物の場合は、即効性の毒がほとんどです。これは、摂食者から逃れるためで、致死性はなくても相手の体に異変を感じさせ、自分が食べ尽くされないようにするためです。しかし、キノコの毒は遅効性が多く、胃腸に異変を来たす位の比較的軽い毒でも1時間以上かかります。それが致死性の毒になると、6時間以上もかかるのです。これでは相手の体に毒が回る前に食べ切られてしまいます。
中でも猛毒で「破壊の天使」と呼ばれるドクツルタケの場合、24時間経過してから相手を死に至らしめることが多いと言われています。たった1本食べただけでも命を落とす最強クラスの毒性ですが、食べてすぐには何ともないので、摂食者は満腹になってスヤスヤ寝て、その後絶対に助からない状態に陥るというのは、何という恐ろしさでしょう。
そもそも、なぜキノコがこのような遅効性なのかというと、キノコ(菌類)の「分解者」としての役割を指摘する研究者が多くいます。つまり、“生命を分解する”=“確実な死”を目的としている為、摂食者は、毒に気付かずに満腹になるまで食べ、致死量まで摂取してしまうということです。
しかし現在、この毒を活かして「薬品」としての利用が進んでいます。下痢症状を引き起こすもののうち、痛みが少ない成分を分離して便秘薬にしたり、禁酒の薬や殺虫剤・農薬、神経興奮剤、抗マラリア剤から抗がん剤まで、多岐に亘る研究がなされています。
キノコが死を振り撒くために身に着けた毒が、人間の手によって救いの天使とも言える延命の薬に転換されるというのは、深く考えさせられるものがあります。