菌の物語

第7巻
第2話偉人たちの食卓5 -植村直己編-

明治大学山岳部時代に山と冒険の魅力にとりつかれた植村直己(1941-1984)は、世界初の五大陸最高峰登頂という偉業を成し遂げました。今から30年以上も前の装備で、行方不明になるその最期まで大自然に挑み続けた彼は、まさに日本が世界に誇る著名な登山家・冒険家です。
その植村の半生を描いた映画「植村直己物語」は、執行草舟推奨映画にも入っており、執行は『見よ銀幕に』(戸嶋靖昌記念館刊)の中で、「前人未踏に挑戦する事は本当の人生を生きる者にとって、人生の本質であり、彼の挑戦の姿勢は我々にいつでも必要な精神である。」と、植村の勇気と探求心を讃えています。

1974年、植村直己はグリーンランド北部で、エスキモーと生活を共にしながら、1年半をかけて北極圏12000㎞の犬ぞり探検に成功しました。エスキモーから様々な生活技術を学ぶ中で、植村に大きな衝撃を与えたのがその食事。彼らの食生活は、野生動物の食事に近く、アザラシなどの内臓をそのまま生で食べたり、獲れた動物のほとんどを、加熱せずに生肉のまま食べる、というものでした。そのようなエスキモーの食事の中で、特に植村が愛したと有名なのが、「キビヤック」というこの地特有の食べ物。“腐った鳥”を意味する「キビヤック」は、内臓と肉を取り除いたアザラシの中に、海鳥を何十羽も詰め込んで縫い閉じ、地中に埋め、数ヶ月~数年放置して熟成させたものです。匂いも強烈ですが、極寒である極北の貴重なビタミン源として、エスキモーの生活を長年支えてきた強力な発酵食品です。

植村直己は自著・『北極に駆ける』の中で、「わたしが日本に帰って一番食べたいと思ったのは、鯨の皮でもアザラシの肝臓でもない、このキビヤックであった。今でも月に1度くらいはこのキビヤックの夢を見る。」と記しています。現に、彼はエスキモーと一緒に生活していた際、一日に三羽も食べていたほど好きだったと言います。

人間が自然と戦ってどこまで出来るのかと、限界に挑み続けられたその強靭な肉体と精神力も、この強力な発酵食品のおかげかもしれません。