菌の物語
800年前に、モンゴル帝国を築いたチンギス・ハン。騎馬民族の偉大な君主として賞賛され、現在でも国家創設の英雄と称えられています。
執行草舟は、モンゴル民族の勃興と発酵食品の関係を研究していく中で、「チンギス・ハンが広大な帝国を築いた時代のモンゴル騎馬民族の主食は、“馬乳酒”と“干し肉“だった。どちらも強力な菌食(発酵食品)であり、発展期のモンゴルは、歴史的に見ても菌食が創り上げた民族だった」と結論づけました。
モンゴル人の食事は、伝統的に「赤い食べ物」(オーラン・イデー)と呼ばれる肉料理と、「白い食べ物」(ツァーガン・イデー)と呼ばれる乳製品に大別されます。伝統的な遊牧の生活において、肉料理は冬季に、乳製品は夏季に食されてきました。干し肉は生肉を腐らせずに保存する、モンゴル遊牧民に必要な生活の知恵。そして馬の乳を発酵させて作る馬乳酒は、野菜をほとんど食べない彼らにとって、貴重な栄養源でした。ビタミンA、B、Cなどの栄養が豊富で、それだけで何日も生きられるとされ、チンギス・ハンとモンゴル軍の快進撃を支えた重要な飲料でもありました。さらに、肺や肝臓の疾患に対して効果が期待されており、昔から薬の代用ともされてきました。
現在でも厳しい自然の中で高い健康レベルを誇るモンゴル人。中心地では高層ビルが立ち並び近代化が進む中、伝統的な生活を守る遊牧民は、嫁入り道具に自宅の発酵乳を持っていきます。その住居(ゲル)には各家庭に専用の発酵容器があり、ここに搾りたての乳を継ぎ足すことでその家ごとの発酵乳が保たれていくのです。昔の日本人が、糠床を嫁入り道具として持っていく慣習と似ています。
チンギス・ハンは、65歳の生涯を終えるまで、そのエネルギーやスタミナが枯れることはありませんでした。強い男は何人もの女性を持つことができ、チンギス・ハンは500人もの妻を持ったという伝説もあります。有史以来、最大の版図を築いたモンゴル帝国の底力は、発酵食品によってもたらされたものと言えましょう。