菌の物語

第6巻
第6話パプアニューギニア人の腸内細菌の秘密

長い年月をかけて、私たちは微生物と共に進化してきた歴史があります。人に棲みつく菌の多くは腸内に存在していますが、この腸内細菌は、人には備わっていない機能を補い、人の生命維持に重要な役割を果たしているのです。これらの腸内細菌は共生生物(commensal)と呼ばれ、「宿主」が食べたものをエネルギー源とし活動しています。

この“commensal”(共生生物)は英語ですが、「食事仲間」という意味のラテン語が語源となります。まさに日本の諺で言えば「同じ釜の飯を喰う仲間」といえましょう。

例えばパプアニューギニア高地人と共生することで知られる腸内細菌は、9割方サツマイモしか食べなくても生きていける体質を宿主にもたらしています。サツマイモは、タンパク質を2%しか含みません。しかしパプアニューギニア人たちは、筋肉質で、とても逞しい体つきをしています。私たち日本人とは違い、彼らの腸内細菌の種類とそのバランスは、人間よりももはや“牛”に近いとさえ言われています。彼ら特有の腸内細菌が、サツマイモの炭水化物からタンパク質をつくり出す酵素を生み出しているのです。

腸内細菌などの微生物が、「宿主」の健康維持を助けているのは、人間だけに限らず動物も同じです。牛などの草食動物は、元々の遺伝子だけでは繊維質の草から栄養分を取り出すことが出来ません。体内に棲む微生物の作用によって、草の細胞壁を発酵、分解させ、消化・吸収しているのです。この微生物の多くが牛の腸ではなく、「胃」に棲息しています。牛の胃はいくつかありますが、その第1胃は「ルーメン」と呼ばれ、成牛で150~250リットルの膨大な容積を持ち、細菌をはじめ、植物繊維を分解する微生物が多数生息しています。それはいわば“巨大発酵タンク”として機能しているのです。微生物の数は驚くべきことに、内容物1g当たり10~100億という膨大な数に及び、その重量は原虫類だけで2Kgにもなると言われています。ルーメン内ではこれらの微生物が主役となって働きます。

人間の場合は、大腸に腸内細菌などの微生物が存在し、食物中の繊維質の5%程度が分解されます。これに対し、ルーメンをもつ牛は、繊維質の50~80%が分解されるといわれています。この分解酵素をもつ遺伝子を作り出すには途方もない年月がかかりますが、世代交代の早い微生物の力によって、一日もかからずに分解、吸収されるようになりました。

このように、微生物はある特定の生物に対しての成長、体格、性格、病気にまで大きく影響していると言っても過言ではないのです。