菌の物語

第5巻
第6話菌キラー〈抗生物質〉の恐怖

1928年にアレクサンダー・フレミングによって抗生物質が発見されて以来、人々は様々な病原菌に対抗できるようになりました。抗生物質は、「微生物が産生する、他の微生物(病原菌など)の発育・繁殖をおさえる物質」と定義されており、ここでもまた、微生物の力によって、私たちはその恩恵を受けています。抗生物質は、いまや様々な病気の治療に欠かせないものとなりました。しかし一方で、抗生物質には良い働きをしてくれている腸内細菌も殺してしまう可能性があります。皆さんも抗生剤を摂取した際、便が柔らかくなったり、下痢になったりした経験はないでしょうか。これは、抗生剤の使用により、腸内細菌のバランスが崩れてしまうためです。

人間を病気から守る免疫細胞の7割は腸に集まっています。腸は食べ物だけでなく、それと一緒に病原菌やウイルスなどが常に入り込んでくる場所です。だからこそ腸には、病原菌やウイルスなどの外敵を撃退してくれる頼もしい免疫細胞が集結しているのです。大量の免疫細胞が、栄養や水分を吸収する腸の壁のすぐ内側に密集して、外敵の侵入に備えているのです。

さらに、抗生剤の影響は腸内だけに留まりません。近年、世界中で日々おびただしい抗生物質が人々に投与されており、その人の排泄物から膨大な抗生剤が河川に流入し続けている実態が分かり、イギリスのヨーク大学がその事実を発表しました。つまり今では世界中の淡水系システムが抗生物質に侵されているのです。抗生物質が河川に広がっていけば、水中の微生物が減っていき、さらにそれに依存するあらゆる生物も、比例して減少していきます。抗生物質は、感染症の治療には有効ですが、様々な生態系に悪影響を及ぼしているのです。