菌の物語

第5巻
第5話2億5000万年生きる菌

ビックバン以来、宇宙が誕生したのは138億年も前のこと。その後、46億年前に地球が誕生し、菌が地球上に現れたのは、何と36億年前と言われています。20万年前にホモサピエンスが誕生するはるか前から、菌は地球上に棲み着き、その生態系を維持してきたのです。ある面では、人類よりも進化を遂げているとも言えましょう。

菌の中には、生物にとって苛酷な"極限環境"――火山、氷山、高濃度の塩湖、深海などを好むものがいます。2016年には、チェルノブイリで放射線を好む菌が発見されました。広島型原爆の400倍とも言われる放射線量にもかかわらず、事故から30年後、放射能汚染されたチェルノブイリで 放射線に向かって繁殖、成長する菌が生まれていたのです。

菌の凄さは、その環境適応能力だけではありません。地球上で最も長生きな生物もまた、「菌」なのです。最近、メキシコのナイカ鉱山にある、地下水晶洞窟から発見された菌は、推定1~5万年生きているとされています。また、「ハロシンプレックス・カールスバデンス」という古細菌は、約2億5000万年前に結晶化した岩塩の中から発見され、休眠状態から復活し、増殖したと言います。 しかし、菌類がどれだけの長い期間生き延びることができるのかは、まだ謎に包まれています。人間の寿命では測りしれない長さであることは間違いありません。科学が発達した現代、この強力な生命力を持つ菌類が、生命の起源に密接にかかわっているとされ、生命誕生と進化の謎に迫るものと期待されています。

さらに、驚くべきことは菌の繁殖力です。適切な生育環境下に入ると、菌は天文学的に増殖していきます。例えば、熟したブドウを皮付きのまま潰して容器に入れておくと、15時間ほどで炭酸ガスを噴き上げて、アルコール発酵が始まります。ブドウの皮に付着している、または空気中に浮遊している発酵力の強い酵母が侵入し、ひき起こされる発酵現象なのです。発酵前のブドウの果実には、1グラム中約10万匹の酵母がいるのですが、発酵が起こって24時間後にはその400倍の約4千万匹、48時間後には発酵前から比べて2千倍の約2億匹にもなります。これは葡萄酒にとどまらず、発酵現象すべてに共通してみられるものです。

糠味噌1グラムの中には活動している乳酸菌が約8~10億匹、その他の細菌や酵母も約1億匹生息しています。人間の腸内にも、約1000兆個の腸内細菌がいます。人間の細胞は60兆個とも言われていますが、私たちの体は人間特有の細胞を差し置いて、ほとんど菌が主体であるとも言えましょう。人類が誕生するはるか前から存在していた菌たち。その限りない菌の生命力は、人智を超えた不思議な世界に包まれているのです。