菌の物語

第3巻
第5話不死の食べ物

不死は常に宗教のモチーフになってきました。インドの「アムリタ」という神聖な飲み物の起源の神話は、創造する力をもつ、“発酵食品”を連想させます。それはバターであり、インドでは神聖な飲み物と伝承されてきました。神々と悪魔たちが力を合わせて原初の乳の海を撹拌させ、何千年もかかって不老不死の“バター”ができるのです。神と悪魔の力をもってしても、何千年もかかるというのは、発酵食品を作るのは困難で、偶然に左右される面のあることを思い出させます。そのようにして作られる発酵食品は、神聖な食べ物として、神に捧げられるのです。

キリストは、水を葡萄酒に変え、パンを増やす奇跡を起こしますが、パンも葡萄酒もどちらも発酵食品。キリストはパンと葡萄酒を指し、自らの血と肉であるとしました。ミサでは、司祭と会衆が、聖体の秘蹟でパンと葡萄酒を捧げて食し、キリストの犠牲の追体験をします。

また、食品ではありませんが、発酵のプロセスをミイラづくりに適用したのが古代エジプト人。死後の「生」に憑りつかれた古代エジプト人は、霊魂の宿るべき肉体が必要であるとし、ミイラづくりに励みました。それには塩水につけるプロセスが含まれています。遺体は“漬け汁”であるソーダ水の水槽にねかされ、香料とスパイスを塗られるのです。

日本でも神棚に酒が供えられますが、世界のあらゆる神話や宗教に発酵食品が存在し、神と結びつけられています。古代より、発酵食品は永遠の命を得る象徴とされ、人間に命を吹き込むものと信じられてきたのです。