菌の物語

第1巻
第4話地下ネットワーク―― 菌糸体の支配

ネット社会と言われて久しい現代で、今や手のひらに収まるほどの小さなコンピューターを当然のように持ち歩く私たちですが、インターネットが最新の科学技術の成果であることに疑いをもつ人はいないでしょう。しかし、もしこのインターネット――情報伝達の網の目構造が、今を遡ることはるか数十億年前の地球上で、それも生き物によって既に確立されていたとしたら驚くべきことではないでしょうか?そしてそれが、我々が何気なく立っているこの地面のすぐ下に張り巡らされているとしたら……。

実はこのネットワークは私たちの足元、地中で、文字通り地球全体を覆って限り無く張り巡らされ、それを担う生物は普段私たちがあまり顧みることのない、キノコに代表される菌類なのです。キノコと聞くと、ほとんどの人は恐らく、食べるとおいしい傘型のイメージを思い浮かべるでしょう。しかし、キノコなどの菌類の本体は、その地下に広がる菌糸体にこそあるのです。実は地球の土壌は、それ単体では何らの生物も育むことができないのです。確かに栄養分は含んでいますが、その栄養分を生物が吸収できる形に消化し、それらを広範囲に運搬し、さらには毒素を解毒し、不要物質を分解してくれる媒介者がいて、初めて存在意義をもつのです。そして、その媒介者こそ、他ならぬこの菌糸体なのです。

彼ら菌糸体は、地球の揺籃期にあたる数十億年前には既に地表を覆っていたと言われ、後に続く生物たちが地上で生存できるための環境を準備していたと言われています。一説によると、菌糸体の存在が無ければ、地球が緑に覆われることはなかったとも言われています。

また近年、さまざまな研究によって、植物は仲間同士でコミュニケーションをとり合っていることがわかってきており、連絡を取り合う範囲は、時に数百キロ四方にも及ぶとも言われています。この意志疎通を司っているのも、どうやら菌たちのようです。

彼らは地球全体に張り巡らしたそのネットワークによって、栄養、情報などありとあらゆるモノを至るところに伝達しています。実は彼らの作り出す網の目構造を眺めると、AIが自己学習する際の情報探索行動を可視化した際にできる、あの一見ランダムながら秩序立った網の目構造に酷似しているのです。このAIに似ているということは、そのAIが模倣した人間の脳神経細胞(ニューロン)にもそっくりだということです。いや、この場合は順序が逆で、人間の脳が菌糸体ネットワークを模倣したのでしょう。

地球の巨大なダイナミズムのすべてを限りなく伝達するという重大な役目を担いながらも、決して表舞台には出ることのない、偉大なる沈黙者、菌糸体。我々人間は、彼らの存在もその働きも知らずに生活しているのです。