菌の物語

第1巻
第2話コアラの無毒化

ユーカリは捕食の対象にならないように、自己防衛のため「青酸」という猛毒をもっています。この毒が体に入り胃酸と混ざると青酸ガスが発生し、内臓が停止して死んでしまうと言われています。この猛毒に加え、ユーカリは硬くて消化しづらく栄養価も低いことから、他の種が食物として選びませんでした。しかしコアラだけはユーカリを食べることができるようになり、捕食の生存競争に勝ち残ることができました。ではなぜコアラだけはこの毒にやられないのでしょうか。それはコアラが腸内に特殊な腸内細菌を大量に保有していて、毒素を分解して無毒化できるからです。哺乳類最長の2メートルにも及ぶコアラの盲腸の中で、強力な毒も分解できてしまう腸内細菌によって、徐々にユーカリの栄養素だけ消化されます。

またコアラの腸内の特別な微生物は、子育て中に親から子へと受け継がれます。母親は食べたものを完全に消化せず、半消化状態のものを子供に与えることによって、母親の微生物は子供に受け継がれていくのです。この食べ物は「パップ」と呼ばれ、実はユーカリが半分だけ消化された、母コアラの糞なのです。糞を食べるなんて!と思われるかもしれませんが、腸内細菌の継承のためにはとても大事なものなのです。

このような特殊な毒だけでなく、腸内細菌はあらゆる食べ物を分解し、毒になるものも栄養になるものも仕分けして、わたしたちが寝ているときも起きているときも働いてくれるのです。余談ですが、このユーカリを消化吸収するには膨大なエネルギーを必要とするので、コアラは一日の大半、木の上で眠ったり休んだりしています。この穏やかなコアラの眠りの顔とは対照的に、腸の中では壮絶な闘いが繰り広げられているのです。