菌の物語

第9巻
第6話酒蔵では納豆禁止?

皆さん、酒蔵人たちは、「酒造り期間中納豆を食べない」というのをご存知ですか?
日本酒造りの要である米麹造りには、納豆菌が大敵。納豆菌が米麹に繁殖すると、「スベリ麹」と呼ばれるヌルヌルした麹になってしまい、良いお酒が造れなくなってしまうのです。納豆菌は、石鹸や熱湯での殺菌が効かない殻を作るため、きちんと手を洗っても石鹸水の中で納豆菌の芽胞が繁殖し、目的外の菌が培地などに混ざる危険性があります。麹室などで納豆菌が繁殖してしまうと簡単には殺菌ができず酒質を大きく下げてしまうため、蔵人は酒造り期間中、納豆を食べないのです。

食べたあと歯磨きをしたり、シャワーを浴びたりすれば良いのでは?とも思いますが、納豆の糸は頭髪や洋服、カバンなどにも容易に付着し、結果的に酒蔵に持ち込まれてしまう危険があります。納豆菌は「枯草菌」の名の通り、稲藁や土にいる菌ですから、土足で蔵の中を歩き回るのも禁止とされています。

古代より、神に供えられ、神と共に人々が食する神饌の中で、酒は欠かせないものであり、重要な供物でした。人類史の七不思議として酒を造らなかった民族が、現在も過去もまったく無く、造らなかった民族は滅びたということを、執行草舟も話しています。

この神聖な供物としての酒を造る蔵人たちの仕事は、「菌」の声を聞きながら、発酵場を整え、うまく手助けをしていくこと。日本酒で言えば「麹菌」「乳酸菌」「酵母菌」という3種類の菌を筆頭に、たくさんの微生物たちが自分たちの役割を果しながら、それぞれの生命が結び合って初めて、美味しい日本酒が出来るのです。目に見えない菌たちの凄まじい生命力は、人間がコントロールしきれない自然の力そのものであり、菌を中心に考えてこそ、生命力あふれる本物の菌食が生まれて来るのです。