菌の物語
17世紀から20世紀初頭にかけて、イギリスを支配していた英国ジェントルマンたち。彼らは共通の生活様式を保っていました。肉体労働をしないこと。常に礼儀正しくあること。何か一つ、自身の確固たる信念と、教養を身につけること。そして、ティータイムには紅茶に砂糖を入れて飲むこと。こうした共通の生活様式によって、ジェントルマンたちは自分たちが「ジェントルマンであること」を自覚し、連帯感をもっていたのです。そして、このような諸々の性質をジェントルマンがもっていたことで、イギリスは史上初の産業革命を達成するのです。英国ジェントルマンの母体は、中世の騎士階級に当たります。ジェントルマンが誕生した17世紀頃、ちょうどイギリスで紅茶が飲まれるようになりました。もともとお茶好きだった英国に向けて、中国とインドから大量に、茶を発酵して作った紅茶が運ばれ、多くの人が毎日飲むようになったのです。
執行草舟推奨映画にも入っている「80日間世界一周」では、ビクトリア朝後期に、英国ジェントルマン、フォッグ氏が執事のパスパトゥーを従えて、20000ポンドを賭けて世界を80日間で一周しようと試みる冒険記ですが、英国ジェントルマンたちのティータイムの優先順位の高さが垣間見えます。大嵐の中にも拘わらず、主人公が船のデッキで紅茶を嗜むシーンや、非常事態にも拘わらず「16:00だ、ティータイムにしよう。非常事態よりティーの方が大事だ。」と言って、紅茶を飲むシーンも出てきます。それほどまでに、英国ジェントルマンたちは紅茶を大事にし、日常としていたのです。
19世紀のジェントルマンの生活は、文明社会の中で教養を持ちながら、寝るときは冬でも窓を開け放っているという行為をあえて行なってきました。高度な知性と共に、強靭な野蛮性を備えていたのです。この野蛮性とは、高貴性を支えている中心的なものであり、損得以外の生き方、即ち、何かの価値観で生きる思想を指します。本物の発酵食品には生命エネルギーを高める働きがあります。この生命エネルギーが高い状態が、真の野蛮性と高貴性を生むのです。
大量生産で作られた現代の紅茶と違い、長い年月をかけて作られた当時の紅茶は、本物の発酵飲料です。真の自由主義を体現させた、英国ジェントルマンたちの不屈の精神力と、強靭な体力の背景には、紅茶があったのです。