菌の物語
地球上には莫大な数の生命が存在し、その生物はそれぞれ独自の遺伝子を多数持っています。 2003年にヒトゲノムの解析が終了するまで、 予測されていた人の遺伝子数は10万~20万個でした。複雑で高度な身体を持つ人にはその位の遺伝子数があると考えられていたのです。しかし、長年の研究により判明した人の遺伝子数は、たったの21,000個でした。 その数は、遺伝子数31,000個のミジンコよりも少なく、とうもろこし(約45,000個)の半分にも満たなかったのです。誰もが、創造力も知的能力もない生物より、はるかに複雑な人間の方が、膨大な遺伝子を有していると考えていました。
その後、人間の体内に生息する微生物集団、「マイクロバイオーム(微生物叢)」の研究によって、人体の複雑な機能を補っているのは、ヒト遺伝子だけでなく、腸内細菌であることがわかってきました。 人体と共生関係を築いている腸内細菌は、それぞれ自分の遺伝子を持っています。一説によると、その数は1,200万個にも及びます。この数はヒト遺伝子の21,000個よりもはるかに多く、腸内細菌叢の「宿主」である人よりも、極めて多様な遺伝子を持つことがわかりました。私たちの体は、この腸内細菌が持つ1,200万個の遺伝子と、21,000個のヒト遺伝子で維持されているのです。
世界中、全てのヒト遺伝子は99.9%同じだと言われています。しかし、「国際ヒト・マイクロバーム・コンソーシアム」の大規模な調査によると、たとえ一卵性双生児や親子であっても、腸内細菌叢の構成が同じ人はいないことがわかりました。そこには人の遺伝子の違いをはるかに超えた多様性があったのです。母親の胎内にいる間、赤ちゃんの腸内は無菌状態にあります。最初に細菌が入ってくるのは出産時で、自然分娩と帝王切開では住みつく細菌の種類や数が異なり、また母乳か人工乳かによっても変わります。産まれて3~4時間後には大腸菌が、生後3日目位にはビフィズス菌が腸内に増殖していきます。離乳期になり母乳以外を摂り入れるようになると、大人と同じような構成に変わっていきます。そこから長い年月をかけて、唯一無二の生態系を築きながら、1000種類、1000兆個もの腸内細菌叢が出来上がっていくのです。それらの持つ潜在機能は計り知れず、現在、「腸内細菌も含めて腸管を一つの臓器と見なすべきである」とも論じられています。人体は、この共存、共栄する微生物たちとの「集合体」によって作られているのです。