菌の物語

第4巻
第4話滋養ドリンク ―― 甘酒と江戸の人々

"病院の栄養点滴に匹敵する発酵飲料"といわれる「甘酒」。 起源はなんと古墳時代に遡ります。『日本書紀』には天甜酒(あまのたむざけ)という飲み物に関する記述があり、これが甘酒の起源と考えられています。平安時代には、貴族が冷やした甘酒を好んで夏に飲んでいました。その後、一般にも売られるようになり、江戸時代には甘酒売りが登場し、庶民にも親しまれるようになりました。

栄養豊富な甘酒は、体力回復に効果的な「滋養ドリンク」として、江戸時代から夏の風物詩ともされてきました。また夏に限らず冬場にも肌の乾燥を防いでくれ、体を温める飲み物として広く愛飲されています。この「滋養」とは、「体の栄養となること、またその食べ物」のことですが、この意味にきわめて適っているのが、まさに甘酒などの「発酵食品」です。発酵を司る微生物は多種多様ですが、その微生物が多量の栄養成分を発酵の過程で生産し、食品の中に蓄積してくれます。加熱を伴う料理は、火によって食べ物を変化させます。それは、食物を"不活性化"するに等しく、有用成分も破壊してしまいますが、発酵には、食物を"生かす働き"があるのです。

煮た米に麴と湯を加えて作る甘酒は、麴菌の作用により、ブドウ糖、アミノ酸、ビタミンB群、ミネラルなどが豊富に含まれていますが、何とこの成分、点滴と同じなのです。まだ、現代のように冷房や、冷蔵庫などもなく、一年の内、夏場の死亡率が多かった江戸時代という、絶えず生き抜く知恵が必要な中で甘酒は流行しました。そして、発酵の力で、古代ギリシャの医者であるヒポクラテスが遺した「食べたものは薬になる」という言葉の通り、人々の「滋養強壮剤」となったのです。