菌の物語

第3巻
第8話細菌によって身を守るイカ

イカの中にハワイヒカリダンゴイカというイカがいます。姿はその名の通り団子のように丸く、目も真ん丸で大きく、何とも可愛らしいイカなのです。ハワイヒカリダンゴイカは体内のある部分に細菌が密集して住んでいて、そのバクテリアが光を発しています。細菌の住んでいる部分には閉じたり開いたりするシャッターが付いています。

この細菌はビブリオ・フィシェリという海洋性の種で、この細菌が細胞分裂で増殖し、ある分子が一定量を超えると発光するという仕組みになっています。なぜハワイヒカリダンゴイカは、体内にこのような細菌を住まわせているのでしょうか。それは、イカにはこの光が必要だからなのです。

イカは、ハワイ沿海の膝ほどの深さのところに住んでいます。このイカは夜行性で、昼間は砂の中で寝ています。夜になると、狩りのために砂から出てきます。月夜や明るい星明りの夜の下では、その光が水を通ってイカのいる深さまで達します。イカは背中にセンサーを持っていて、月や星の光がどのくらい背中に当たっているかを感知し、シャッターを開閉して調光します。この調光はイカの底部から出てくる光と、背中に当たっている月や星の光を重ね合わせ、自分の影を作らないようにして姿が見えないようにし、獲物に気づかれないように狩りをするのです。

このようにハワイヒカリダンゴイカは細菌と共存することで、細菌の作る光を利用し、自身が他の動物に捕食されるのを防ぎ、また狩りの助けとしています。我々人間の体内にも1000兆以上の腸内細菌が住んでいますが、我々の身体にとって腸内細菌が欠かすことのできない存在だからです。腸内細菌は病原体を排除し、食物繊維を分解し、免疫系を調節するなど、私たちが健康を維持する上で重要な役割を果たしています。つまり、共生することで、外敵から身を守ることができるイカにとっての細菌ビブリオ・フィシェリと同様に、我々も腸内に細菌を住まわせることにより、我々自身の身体を育み、守ることに繋がっているのです。我々は菌によって生かされているのです。