菌の物語

第2巻
第7話ぶどう畑と美人は手がかかる
― Les vignes et les jolies femmes sont difficiles a garder. ―

タイトルになっているのはフランスの諺。恋に巧みなフランス人らしい諺です。このように、 フランスには、ワインやパンに纏わる諺や格言が沢山あります。

「美味しいパンとご馳走、それに旨いワインがあれば医者いらず-Avec bon pain,bonne chere et bon vin, on peut envoyer promener la medecine.」日本の「四里四方に病なし」「身土不二」という概念に近いものでしょう。

また、うんざりするほど長い日を「パンの無い1日のように長い」、先に楽をすることを「黒パンの前に白パンを食べる」と言います。安請け合いをすることは「パンよりバターを約束すること」、良からぬ企てに関わりたくない時には「そんなパンは食べない」と言います。 そして、死ぬときはただ、「パンの味がなくなる」と言うのです。

17世紀に活躍したフランスの哲学者、デカルトは、ワインの名産地ロワール地方の出身。「我思う、ゆえに我あり」という言葉は有名ですが、彼は「私は飲みながら考え、考えながら飲む」という言葉も遺しています。「我思う」の原動力は、実はワインであったのかもしれません。

また、滅菌醸造法を普及させ、ワインの品質向上に大きく貢献した細菌学者のパスツールは、こんな言葉を遺しています。

「一本のワインボトルの中には、全ての書物にある以上の哲学が存在している。」

発酵食品であるワインには、人の目に見えない微生物の力により、未知なる世界が広がっている—というほどの意味でしょうか。諺にもある、「 真実は、ワインの中にある―― La verite est dans le vin. 」にも通じます。

今回取り上げたのはほんの一部ですが、フランスでパンとワインが諺や格言に多く登場するのは、 キリスト教でパンとワインが"神聖視"されたことが大きく影響しているのでしょう。 日本でも「手前味噌」、「酒は百薬の長」、「味噌っかす」等の発酵食品に纏わる格言が沢山ありますが、発酵食品は世界各地で諺や格言、迷信等に結びついているのです。古くから人類と共にあった発酵食品。先人たちはその大切さを「言葉」で遺してくれているのです。