菌の物語

第2巻
第5話発酵と腐敗の境

腐敗と発酵の区別は、食品や微生物の種類、生成物の違いによるのではなく、人の価値観に基づいて、微生物作用のうち人間生活に有用な場合を「発酵」、有害な場合を「腐敗」と呼んでいます。食べ物に元々付着している微生物が、その食べ物の成分を分解して行なわれる“代謝作用の結果の違い”が発酵と腐敗に分かれます。

微生物は、肉眼で確認することはできませんが、土壌、空気中、我々の生活圏内のあらゆる場所に無数に存在し、付着しています。その微生物は我々と同じく生命活動を行うために、栄養を吸収し、代謝物を排出します。その代謝物が“我々人間にとって有益か、有害か”によって発酵か腐敗と定義されます。

「発酵」とは微生物の代謝作用により、食品成分を糖類やアルコール、酢酸などを生成します。そのほか、酵素、アミノ酸、ビタミン、ミネラルなども生成し、それらは人間にとって“有益な栄養素”となります。主に発酵に関わる微生物の事を総称して「発酵菌」とも呼び、その発酵によって作られる食品の事を「発酵食品」と呼んでいます。

一方、「腐敗」は発酵菌とは違い、人体に有害な食中毒などの原因物質を生みだす微生物の代謝作用を指します。主にそのような腐敗を引き起こす微生物を総称して「腐敗菌」と呼んでいるのです。微生物にとっては、発酵も腐敗も生命活動を行う点では同じですが、結果的に人体にとって有益なものか有害なものかでその呼び方が分かれます。

ただし、発酵と腐敗の間には必ずしも厳密な線引きはなく、食文化によって違いが出ることも否めません。納豆が苦手な欧米人の中には、納豆を「腐った豆」という人がいますし、“世界一臭い食べもの”で有名なスウェーデンで作られている、ニシンを発酵させた缶詰、「シュール・ストレミング」も、これが好きな日本人はそういないことでしょう。このように、食べる人の出身地や、文化圏によっても「発酵」と「腐敗」の定義は異なるのです。