菌の物語

第2巻
第4話人類の叡智――発酵食品の起源

皆さん、発酵食品の起源をご存じですか?そのルーツは諸説ありますが、いずれも“偶然の産物”だったと伝えられています。その中でも、代表的なものをご紹介します。

チーズ…紀元前4000年前後、山羊のミルクを羊の胃袋に詰めて、メソポタミアの商隊が旅に出た折、一行がミルクを飲もうとすると、中から白い塊が出てきました。山羊のミルクは羊の胃袋の中で1日中揺られて発酵し、それがチーズとなったのです。

パン…紀元前6000~4000年頃、小麦を粉にして水で溶き、薄くのばして焼く平たい“無発酵パン”が チグリス・ユーフラテス川流域で食べられていました。その後の紀元前3500年頃、古代エジプト人がある時、焼き上げる前の無発酵パン生地を放っておいたところ、暑い気候が自然に発酵を導き、偶然にも“発酵パン”を発見しました。それからの発展は急速に進み、紀元前2500年頃には200種類ものパンがあったと記録されています。

ビール…紀元前4000年頃。 「液体のパン」とも呼ばれるビールの歴史は古く、メソポタミアで人類が農耕生活をはじめた頃、放置してあった麦の粥に酵母が入り込み、自然に発酵したのが起源とされています。

納豆…納豆の起源と発祥はさまざまな説がありますが、2つご紹介します。 弥生時代に始まった大豆などの豆類の栽培。ふだんは煮て食べられていました。家の中には炉があり暖かく、床には藁や枯れ草が敷かれていました。暖まった家の中で、敷いた藁に煮た大豆が偶然落ち、そのまま放置され、自然に発酵して納豆になったという説。また、こんなユニークな説もあります。聖徳太子が愛馬に煮豆を与えていました。余った煮豆を藁に包んで置いておいたら自然に発酵し、「糸引く豆」になっていた。食べてみたら非常においしく、周囲に広まった、という説。

このように、発酵食品のルーツは自然発生した発酵物を古代人が偶然に発見したものと考えられています。いずれもその土地の気候や風土の影響が大きく、条件がたった一つでも変わっていたらできなかったでしょう。古代人は、その偶然からなる「魔法」が生まれたのは、“神や、超自然のおかげ”だと考えてきました。そして、試行錯誤を経て発酵の技術が確立し、世界各地で伝統的に受け継がれている食文化を形成していきました。人類は数千年前から微生物というものがいるとは知らずに、共存し、飼いならしてきたのです。発酵のメカニズムが解明されていくのは、17世紀に入ってから。発酵食品が食べられるようになってから、ずいぶんと時間がたってからのことです。

19世紀半ばにフランスの細菌学者パスツールによって、発酵に微生物の働きが関与していることが発表されました。発酵の仕組みが解明されると青カビから抗菌物質ペニシリンが発見され、以後さまざまな薬が作られるようになりました。発酵は人類の叡智であり、神から与えられた科学技術の原初形態だとも言えるでしょう。