菌の物語

第4巻
第1話偉人達の食卓2 ―― ナポレオン・ボナパルト編

フランス皇帝ナポレオン1世(1769-1821)は、「Île de Beauté(イル・ド・ボーテ)=美しき島」と人々から愛される、地中海に浮かぶコルシカ島で生まれました。コルシカ島は、紀元前にギリシア人によってぶどう栽培がもたらされた、フランス最古の歴史を持つワインの産地です。中でもナポレオンが最も愛したのが、「シャンベルタン」という赤ワイン。ナポレオンがこの「シャンベルタン」をロシア遠征の時でさえも持っていったという逸話があり、このワインは一躍有名となりました。「シャンベルタン」は、ブルゴーニュ地方の中でも最も威厳があるワインであり、そのパワフルで男性的、かつ品格ある味わいは、ナポレオンが愛したという歴史的な背景と併せて、「ブルゴーニュの王」、「王のワイン」と呼ばれるようになりました。

またコルシカ島では、ワインと並んでチーズ作りが盛んで、この島だけで作られるフレッシュチーズ「ブロッチェ」が有名です。羊と山羊の乳を原料に作られるブロッチェは、ほのかな甘みと、豆腐のような味わいで、ナポレオンの母・レティジアはこれを食べたいがために、コルシカ島からパリまでわざわざ山羊を運ばせたといいます。基本的に食に対して無頓着だったナポレオンでしたが、故郷の味であるワインとチーズは大好物でした。ワインについては、「ワインなくば兵士なし」という言葉も遺しています。また「闘いの中にワインの力あり」と言ったナポレオンの言葉からは、ワインは闘いのモチベーションの一つとなり、救いとなる存在だったこともうかがえます。

絶対王政から、ヨーロッパ全土に革命の精神と、近代共和制国家の礎を創造し、数々の偉業を成し遂げた英雄ナポレオン。死後200年たった今でも、私たちの向上心を鼓舞し続けてくれます。その果敢な行動力と強い精神力は、どちらも「肚」からくるものです。

「予の辞書に不可能ということばはない」というナポレオンの言葉の背景には、人間の“底力”を作る発酵食品の力があったのかもしれません。執行草舟は、『見よ銀幕に』の、「ナポレオン・アウステルリッツの戦い」という映画評のなかで、ナポレオンについて「やはり凡人とは桁が違う。真の責任感と過酷な実行力を持つ」と、その勇敢さを称えています。


「シャンパーニュは戦いに勝った時には飲む価値があり、戦いに負けた時には飲む必要がある」―ナポレオン・ボナパルト