菌の物語

第8巻
第5話チェルノブイリ -放射線に耐える奇妙な果実-

1986年4月26日午前1時23分、現ウクライナ・キエフ市にあるチェルノブイリ原子力発電所で、史上最悪となる原発事故が起きました。多量の蒸気発生、燃料破損、2回の爆発、火災が起こり、炉心と上部構造物のほとんどが破壊・飛散したのです。放射能による環境汚染は、ヨーロッパ諸国をはじめ、地球上の広い範囲に広がりました。チェルノブイリ原発事故による放射性物質の放出量は、福島原発事故の約6倍。事故処理のため約60万人が徴用され、大勢が放射線障害で亡くなりました。また、除染作業のため、1カ月間昼夜を問わず働いた約400人の炭鉱労働者のうち、100人は40歳になるまでに亡くなったと報じられています。事故から35年経った今でも、その脅威は「死の街」と恐れられ、廃墟となった街の姿や、人々の健康被害に深く刻まれています。

近年、廃炉となった原発周辺で合計98属、約200種もの菌類が生息していることがわかりました。極度に放射能汚染された環境下で、菌類がまるでエサに手を伸ばすかのように放射線源の方へ芽胞と菌糸を向けることが確認されたのです。ここでは菌たちにとって放射線がエサであり、その放射線を吸収して、菌たちは成長していくのです。

その中で、最も強い放射線耐性をもつ微生物として知られている「デイノコッカス・ラディオデュランス」(Deinococcus radiodurans=“放射線に耐える奇妙な果実”という意味)は、広島、長崎型原爆の放射線量の6倍の放射線を照射され続けても耐えられるといいます。どのようにして放射線に耐えられるかを調べた結果、破壊されたDNAが、24時間以内に完全に修復されるほどの復元力を持っていることが明らかになりました。

また、他の生物に比べ300倍のマンガンを含有しており、この鉱物がタンパク質の損傷を防止する役割を果たしていると言われています。興味深いことに、米国スタンフォード大学の研究の結果、人の腸内にも同じ系列の微生物が存在しているということが明らかになりました。今は有害とされる放射能ですが、腸内細菌の飛躍的な進化によって、条件が整いさえすれば、我々の体も放射能をエネルギーに変える驚異的な体質に変わる日が来るかもしれません。