菌の物語

第6巻
第3話初めて見た微生物の世界

歴史上、初めて顕微鏡を使って微生物を観察した、アントニー・ファン・レーウェンフック(1632-1723)。オランダで小さな織物商を営んでいた彼は大学へは進学せず、唯一の読み物は、オランダ語の「聖書」だけでした。

織物商という仕事柄、 生地の品質判定のために虫眼鏡を使っていたレーウェンフックは、空いた時間にレンズを磨いているうちにその魅力にとり憑かれていきます。その後、錬金術師や薬剤師の力を借りながら長い年月をかけて、当時としては世界最高であった、倍率300倍の顕微鏡を作り上げました。倍率50倍であればカビの胞子を見ることができ、300倍の倍率では5㎛(1µm=0.001mm)ほどの酵母菌の形を見ることができます。

誰よりも好奇心旺盛だった彼は、生涯をかけて500個もの顕微鏡を作りました。そしてありとあらゆるものをレンズに通して調べ尽くし、初めて目にした微生物たちを「微小動物(アニマクル)」と呼びました。 これらの微小動物が至るところに存在している事実を知り、当時最も権威のある科学協会だったロンドン王立協会へ、この観察記録を送り続けました。世紀の大発見で、世間は大騒ぎになり、ロシアの皇帝ピョートル一世や、イギリスのジェームズ二世も、わざわざオランダまで微生物を見に来たといいます。

「ミクロン」の微生物の世界。レーウェンフックは、創世の初めより誰にも気づかれることなく生き長らえ、仲間を増やし、闘い、死んでいった微生物の夢幻的な世界のからくりを解き明かそうとしました。当時、微生物は何もないところから自然に発生すると考えられていましたが、レーウェンフックは微生物も卵から生まれてくることを主張したのです。その主張は、約200年の時を経て、パスツールによって証明されることになります。

「微生物の父」と呼ばれるレーウェンフックは、90歳で亡くなりますが、その最期まで、微生物への好奇心が尽きることはありませんでした。


「わずか一滴の水の中に、おびただしい数の物体がすべて生きていて、私の目の前に存在している。まるで水全体が生きているかのようだ。これほど美しい光景を私はかつて見たことがない。」―― アントニー・ファン・レーウェンフック