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2026.02.18

戦国武将と菌食 伊達政宗と仙台味噌

猛者たちが果敢に戦った群雄割拠の 戦国時代。この戦国武将たちの肚を支えたのは、〝 菌食 〟であったことをご存知ですか?

 

戦の大事を左右する兵糧。特に、「米」と保存の効く「味噌」は欠かせないものでした。愛知しかり、信州しかり、強力な戦国大名がいた地域は〝 味噌どころ 〟といっても過言ではありません。

特にその味噌作りに並々ならぬこだわりを持っていたのが、東北の覇者、伊達政宗です。宮城県は国内有数の大豆の産地であり、独自の大豆食文化が育まれていた地域でもあります。

 

独眼竜として知れたこの勇猛な武将も戦にはもちろん家中の味噌を持参。朝鮮出兵時には、環境に耐えられず痛む味噌が多かった中、痛むことなく美味しさを保ち続けた伊達の味噌は、諸大名の間で評判となりました。

 

関ケ原の戦いを経た、1601年政宗は初代・仙台藩主となります。そこでまず行ったのは、城下に「御塩噌蔵(ごえんそぐら)」と呼ばれる味噌工場を作ることでした。

軍用の味噌を自給することで、仙台藩の江戸藩邸に常勤する士卒、三千人の食糧は仙台の御塩噌蔵から運ばせました。そして後には、江戸の下屋敷にも味噌蔵を造るなど、仙台藩の味噌は「仙台味噌」として江戸中で一躍有名になりました。

 

また、御塩噌蔵の運営は、藩の重役たちが携わっており、厳格な管理がなされていました。その姿勢からもいかに味噌づくりが重要視されていたかを伺い知ることができます。

御塩噌蔵を作ることは、軍事用の側面・そして飢饉への対策。領民の生活を守る藩主としての最重要任務であったのです。

 

「朝夕の食事、うまからずとも、褒めて食うべし」と残し、食に貴賤のなかった政宗自身も、味噌汁だけは毎食飲んでいたと伝わっています。戦国大名達がこぞって、味噌を食事の中心に据えていた事実は、乱世を生き抜くためには、「菌食が必要不可欠」であったことの証左とも言えるでしょう。まさに、肚がなくては戦はできぬ! です。

それは現代も同じこと。菌食を食事の中心とすることは、自分の人生に体当たりするのに、欠かせません。戦国大名にならって、ぜひ心して菌食を摂り入れていきたいものです !